褥瘡治療の間隙
この言葉から何を連想されるでしょうか。
褥瘡の治療方法はたくさんのテキストに書かれています。まずはどのように治療するかの方法論を学びさらに、講習会や実際に先輩に指導を受けて褥瘡ケアの方法は身についてきます。「この場合はこの方法」あるいは「この方法」と選択肢を絞り込んで治療方法を決定します。なるほど「近代医学」のもつ自然科学的,解剖学的疾病観は重要で,それに基づく診断法や検査手技の習得は重要です。しかし、普遍性を目標とする限り,個別性は視野から排除され疾病概念が成り立っているのではないでしょうか。褥瘡治療の間隙とはどのような処置をするかというハード面ではなく、治療をする人と治療を受ける人のコミュニケーションという意味で使用しました。つまり、同じ処置をするにも機械的に行うのではなく人と人とのコミュニケーションをとること、言葉でも良いし心のこもった手当てでも良いのです。在宅では家族の方とのコミュニケーション、車椅子を開発者する人は使う人とのコミュニケーションとることを心がけることが褥瘡の間隙を埋めます。そうすることにより褥瘡の治療効果が良くなる経験をしました。たとえば、褥瘡のステージ2(大浦分類)において,丁寧な処置を心がけると体位変換や清拭など褥瘡周囲の環境に気を配るようになるため検討した症例は8例で少ないのですが、4cm2以上16cm2未満の褥瘡の治癒が平均で8日早くなる結果を得ました。在宅においては家族との方とのコミュニケーションがとれてくると褥瘡がみるみるうちに軽快してきます。治療の行為から見ると、細胞に異常があったとしてもそれらの細胞だけを正常に戻そうとして薬剤を服薬すると、程度の差はあれ、全身の細胞にも薬の影響も受けます。病んでいるのは細胞ではなく人間なので人間にも働きかける治療の行為が必要であるのではないでしょうか。人と人とのコミュニケーションをとる努力の評価は困難ですが、何らかの印象,感じとして伝わって判断ができます。こんな例はどうでしょうか。3分間写真で撮られた顔写真と写真館でプロのカメラマンが撮る写真の出来ばえの違いは何でしょうか?それは機械的に撮られるか,カメラマンとコミュニケーションをとることにより顔に自然な表情がでるためであると考えられないでしょうか。あるいは機械で作られた料理と料理人が作る食事の違いなどはどうでしょうか。中川米造先生は「医療という行為では,医療にあたる者も,医療を受けるものもともに人間である。したがって医療は,病むものと癒す者との間の人間関係の形態である。人間関係である以上,それは知識にとどまるものでないから、それを科学で捉えることはできない。」、さらに「ただ科学的であるからという理由で,信頼させてきた時代は過ぎた。人間の行為として医療をみなさなければならない時代になってきたのである。」と述べられています1)。このように客観的でないので、合理的根拠がないと軽視されてきた主体的主観的な面に配慮すること、すなわち褥瘡治療の間隙を意識して処置することにより褥瘡がよくなるだけでなく、医療費の削減、さらに、自分に何かが返ってくるとみています。それは何か実践して感じとって下さい。
日本褥瘡学会のロゴは褥瘡の中にハートが描かれています。ハートと褥瘡の間隙、それは褥瘡治療の間隙を意味しているのかもしれません。
1)中川米造、医療の原点,162−172、岩波書店、東京、1997